素晴らしきワインへの旅 - Voyage au vin merveilleux

素晴らしいワインとの出会いは、私たちの人生のなかでひとつの宝とも思える至福の時間を約束します。 このブログは、これらのワインの探求と出会いの記録です。

ブルゴーニュ白ワインのトレンドを理解するために

(はじめに)
 先日、知り合いの若手ソムリエの方から、ブルゴーニュの白ワインの生産者とインタヴューを行う際にポイントを教えてほしいとの依頼があり、書いた文章に補筆したものです。

【1】「ムルソー=樽香」という時代は過去のもの

1980年代に日本のワインスクールでは、新樽の香りがするワインを「リッチ」と表現し高く評価することがありました。しかし、今日のブルゴーニュの生産者は、こうした新樽の香りが前面化するワインについて「キャラメル」と明確に否定しています。(注1)

【2】白ワインのトレンドをとらえるためのキー・ワード

今日、ブルゴーニュの生産者の白ワインを理解する上で重要な言葉は、フレッシュさ(fraicheur)、テロワール(terroir)、ミレジム(millesime)の三つです。テロワール、ミレジムにたいして、それぞれの個性を重んじ適合させる(s’adapeter)という言葉をよく言います。

【3】今日のブルゴーニュ白ワインのスタイル

こうした言葉で表現されるブルゴーニュの白ワインのスタイルは、フレッシュさであり、ミネラルが豊かであリ、決してこれらの風味を殺すような強い樽の風味は出さないというものです。そして、フレッシュさとミネラルを補う果実味と旨味が加わり今日のブルゴーニュの白ワインのスタイルを形成します。

【4】生産者の個性をどのようにとらえたらよいのか?

かつて、生産者の個性を考える上で、樽(新樽)の強さを考えれば良かった時代もありました。なぜなら、良質の葡萄を収穫することにより樽の風味に負けない他の要素(果実味など)を得てはじめて新樽100%とすることができたからです。しかし、今日では、樽の風味を極力押さえ、フレッシュさとミネラルを表現しているため、生産者の個性をとらえにくくなっていることも事実です。そこで、生産者の個性をとらえるためのあらたな指標が必要となります。

【5】指標の第一:フレッシュさ

フレッシュなワイン造りの前提は、健康な葡萄を得ることであり、醗酵前のデブルバージュ(debourbage)でいかに綺麗な果汁を得るかにかかっています。この意味で、いかに健康で良質の葡萄を栽培できたのか、また、収穫時における葡萄果汁の管理がいかに完璧であるどうかがワインの洗練度合い=生産者の個性として表れます。そこで、生産者がワインのフレッシュさを問題にしたときに質問者は、葡萄の栽培、その年の葡萄の質、収穫時に行われる選果について、そしてデブルバージュにたいする注意の払い方を質問する必要があります。もしも、選果やデブルバージュにたいしてあまり重要視していないとしたら、この生産者は、決して品質の高いワインは造ることが出来ません。(注2)

【6】指標の第二:ミネラル(注3)

ミネラルを豊富に感じることがワインの品質を決定し、生産者の個性を形作ります。

【7】指標の第三:甘さ(果実味)と旨味

 しかし、フレッシュさとミネラルという要素だけでは、ロワール地方の白ワインのような個性になってしまいます。多くのブルゴーニュワインには、味わいの中心に旨味を感じることがあり。この旨味の要素がまた個性を形作っています。この旨味は、以前、「新樽に由来するもの」と言われる場合もありましたが、今日では、シュルー・リーとバトナージュにその技術的な根拠があると言えます。そこで、生産者にインタヴューする質問者は、この旨味を問題にするときには、必ずバトナージュの回数、滓引きをすか否か、滓引きをする場合にはその回数を質問しなければなりません。また、生産者の技量=バランス感覚により、バトナージュの回数も決まります。

【8】指標の第四:樽の使用

フレッシュさとテロワール、ミレジムを大切にしたワイン作りは、樽の風味を極力押さえるといわれますが、しかし、同時にブルゴーニュの白ワインの多くは、小樽醗酵が行われます。新樽100%を否定するといっても、樽の風味のまったくないワインを造ろうとしているわけではありません。そこで、新樽の比率が問題になります。また、他方で600Lの大きい樽を使用し樽の風味の影響をコントロールしている生産者もいます。

【9】生産者の個性とは?

以上、見てきたように今日ブルゴーニュの生産者の個性を問題にする場合に、フレッシュさにおいては、その質、透明感、雑味のなさ、品格が生産者の個性を形つくるひとつの要素となります。
また、低収量でワインを栽培し収穫した生産者のワインは、必然的にミネラルが豊かで表現に富んだワインとなります。また、凝縮した風味でもあります。最もミネラルが豊富なワイン造りを行っている生産者のひとつは、ドーヴネが挙げられます。
旨味の要素は、例えば、コントラフォンのように風味の中心に核のような旨味を持つ生産者もあります。
この旨味とそしてさらに果実味(甘み)とミネラルのバランスとフレッシュさの質のバリエーションが生産者の個性を今日形作っています。

(注1)

「キャラメル」という言葉を使って明確に以前と今日とのワイン造りの違いを語ってくれたのは、一人の生産者だけでした。多くの生産者は、まったく以前とは変らないといいます。しかし、長年試飲してきた経験では、明らかに1980年代のワインと90年代では、ブルゴーニュワインのトレンドは変ってきていますし、21世紀に入ってますますその傾向は強まっています。
2003年1月にブルゴーニュムルソーとモンテリーの生産者を訪問したときに、びっくりしたのは、まだ、アルコール発酵が継続的に行われていたことです。教科書的に言えば収穫後のアルコール発酵は1週間から10日で終わります。なぜ、アルコール発酵の期間が長いのかの質問にたいして、フレッシュさを補うためにワインをグラ(Gras)にするのだといわれました。
そこで、一つの疑問がわきます。フレッシュさだけでは、単に軽いワインしかできない。そこで、グラにすると言うのだが、なぜ、アルコール発酵を長期間するとワインの風味はグラになるのか?そこで私は次のような推論を行いました。グラになる要素は、グリセリンが多いということではないか?グリセリンはアルコール発酵の副産物であるから、アルコールを少なくグリセリンを多く生み出す酵母を選択すれば、結果的に、必要なアルコール度を得るためには、以前より長くアルコール発酵を行う必要があり、その結果、醗酵期間が長くなるのではないかと。
そして、後日、別の生産者(ムルソー)に訪問した際に、そこでは、同じようにアルコール発酵が長期間おこなわれていました。私は、既に、こうしたことは知っているという顔をして、「やはり酵母も変えているのですね?」と質問したところ「そうだ」という答えが返ってきました。一般的にブルゴーニュの生産者の場合には、酵母の質問をしても「自然な酵母を使用している」という答えしか返ってきません。そこで、こうした既知のこととして質問する仕方をしました。

(注2)

ニコラ・ジョリーをはじめとしたビオ・ディナミの生産者のなかには、デブルバージュを行わないで高い品質のワインを造っている生産者が存在します。

(注3)ミネラル

ミネラルとは、辞書でしらべると「鉱物」の意味ですが、ワインのテイスティング用語としてミネラルを使う場合には、注意が必要です。
下記、味覚の要素をその物質的=化学的な世界、味覚のセンサーであるみらい味蕾(みらい)、意識の世界に分けて表にしてみました。

味覚の分類 物質的世界(ワイン中に含まれる科学的物質) 味蕾(みらい)(味覚のセンサー) 意識の世界(大脳によって情報処理された内容)
甘さ ブドウ糖、蔗糖、アルコール、グリセリン 甘さをとらえる味蕾 甘いと感じる
酸味 酒石酸、りんご酸、乳酸、などなど 酸をとらえる味蕾 すっぱいと感じる
渋味 タンニンなど 渋味をとらえる味蕾 渋いと感じる
旨味 アミノ酸など 旨味をとらえる味蕾 うまいと感じる
塩味 NaClなど 塩味をとらえる味蕾 しょっぱいと感じる

この表にしたがい、ミネラルという言葉で表現される内容を定義しよう思います。
意識の世界においてミネラルと表現される内容は、ひとつのニュアンスであり、決して鉱物(ミネラル)の味を直接的に表現するとはいえません。
ワイン中のミネラル質は、ミネラル・ウォータの味わいのように味わいのニュアンスをワインに与えます。このミネラル質は、土中から吸収された水分に含まれるカルシウムやマグネシウムなどです。
他方、土質の違いによる酸味の組成の違いが生み出されます。例えば、ピュリニー・モンラシェとムルソーを化学的に分析すると酸の組成の違いが分かります。この酸の組成の違いは、葡萄畑の土質に由来し、ワインの個性を表現します。ドイツワインの場合には、同じく、畑の土質の違いが酸の組成の違いとして現れ、畑の個性を表現することは、よく知られていました。このような観点から、酸の組成の違いによるニュアンスを酸味という言葉ではなくミネラルという言葉で表現される場合があります。
こうして、大きく分けてふたつの物質的要素、土中に含まれ葡萄樹に吸収された水分に含まれるミネラルと葡萄の房に生成される酸の組成の違いがワインに微妙なニュアンスを与え、そのニュアンスの違いをミネラルという言葉で表現されるといえるでしょう。
味覚の分類 物質的世界(ワイン中に含まれる科学的物質) 味蕾(みらい)(味覚のセンサー) 意識の世界(大脳によって情報処理された内容)
土中から吸収された水分に含まれるカルシウム、マンガン、など ミネラル(ニュアンスの違い)
酸の組成の違い 酸をとらえる味蕾 ミネラル(ニュアンスの違い)