素晴らしきワインへの旅 - Voyage au vin merveilleux

素晴らしいワインとの出会いは、私たちの人生のなかでひとつの宝とも思える至福の時間を約束します。 このブログは、これらのワインの探求と出会いの記録です。

モンラッシェの個性とは?

モンラッシェのモンラッシェたる所以の第一は、香りの豊富さにあると思います。

飲み頃のピークに達したモンラッシェは、自然界に存在する草花、果実、動物、スパイスなどを集めて小さなボトルに封じ込めたような香りの豊かさを表現します。どんな食材の香りをイメージしても、グラスのなかでその香りを発見することができるといっていいほど豊富な香りが表現されます。
今回試飲した2001年 のモンラッシェは、こうした完成形のモンラッシェの香りとは、異なり、ようやく飲み頃に差し掛かりつつある時期のモンラッシェの香りでした。しかし、その将来性と片鱗を見ることができました。春の野を散策しているような何種類もの草花の香り、柑橘やトロピカル系のくだもの。そして、上質な花の蜜の香り。これらの香りは、若い時期のモンラッシェの香りがどのように表現されるのかを知ることのできる貴重な体験でした。そして、いつまでもこの香りの世界に入りこんでいたくなるようなとても魅力的な香りで、芸術品とよばれる香水に匹敵するような完成された香りを発見することができました。古典的な名香である『ナンバー・ファイヴ』をイメージさせました。

第二は、完璧な調和=ひとつの球体をイメージするような風味だということです。

あらゆる要素を持ちながら、完全な調和が保たれ、ひとつの統一体のようなイメージで、ある一部の要素が強調されたり目立つことはありません。そして、この2001年のモンラッシェは、口に含んでからののどに落ちるまでのほんの一瞬がひとつの時間的空間的なイメージの広がりを精神世界に呼び起こします。深みと複雑さ、味わいののび方は、まるで、地平線のはてまで空間がのびていくようなイメージでした。「あまり意識しなくても自然にグラスを口に運んでいってしまうような心地よい」飲み口のワインとは、まさに、真に実力のあるワインの証であると思えます。

そして第三に、これがもっとも重要なのですが、その風味における品格の高さにあります。

シュヴァリエ・モンラッシェにもバタール・モンラッシェにも品を感じることがあります。しかし、モンラッシェの品格の高さは、他のワインとは明確に異なります。その品格の高さには、ある種の神々しさを感じ、神秘的な世界への入り口に立たされたような気持ちにさせられました。実際のところこのように感覚するかどうかは、人それぞれの感性によると思います。しかし、アレクサンドル・デュマが「脱帽し、ひざまづいて飲むべし」と彼の小説にモンンラッシェを口にする場面を描写したことを想い起こすとき、デュマ自信もモンラッシェのこの神秘的で人智を超えた何ものかを感じ取っていたのではないかと思うわけです。

モンラッシェの本質に迫るためには

ところで、モンラッシェにたいして力強さや濃厚さをも求めてしまうと本質までに迫ることができなくなってしまう場合があるかもしれません。ひとつの完全な調和とは、風のない湖面に似て、表面的には特徴がとらえにくいかもしれません。しかし、この静寂の中にこそ、神秘性は隠されているのです。あくまでも繊細でデリケートでありがなら内なる力を感じ取ることが重要です。

ワイン会の場で、モンラッシェの香りの個性について話しました。

「モンラッシェの他に類例を見ない品格の高さの根拠のひとつに私は、モンラッシェの香りにムスク(麝香)の香りを感じる」と私は発言しました。このことは、もう少し説明が要すると思いますので、書きたいと思います。
まず、このコメントは、ソムリエによるワインの表現というよりは、調香師の観点からのコメントになっています。そのため、会場では、分かりにくい説明になってしまったと思います。
調香師は、香水を創ることを職業としているため、ソムリエとは、香りを理解する視点が大きく異なります。
例えば、モンラッシェの香りにムスクをとらえたとした場合に、ソムリエは、ワインの中にある動物的な香りのひとつとしてとらえます。そして、この動物的な香りをモンラッシェの個性の重要な要素としてとらえたうえで、ワインと料理との相性を考察します。これは、今回のワイン会でレストランAKの木村氏が行ったことです。彼は、モンラッシェの香りのなかにとらえた動物的な香りからほろほろ鳥との相性が良いと考えました。そして、実際に大変お料理は美味しく相性もよかったと思います。
他方、調香師的な観点からムスクの香りを問題にするならば、香りの品格にかかわることと即座に判断します。というのも、香りを創る過程を体験すると明白に理解することができるのですが、いくつかの香り調合してムスクをほんの少し入れてあげると香り全体の品格があがり、全体が気品あふれつややかに香りが変化するのです。このムスクの香り全体にたいする役割(機能)を理解しているかどうかがソムリエ的な香りのとらえ方と調香師的な香りのとらえ方の違いなのです。

私流のモンラシェの個性のとらえ方

私は、モンラシェの個性を類稀なる品格の高さにあると理解しています。これは、私の感性によってとらえられたものです。そして、私は、この自分自身のモンラッシェの個性の理解が正しいかどうかを考えます。しかし、この時点では自分自身の理解が正しいかどうかは判断できません。そして、次にムスクの香りをとらえます。このムスクの香りの発見は、モンラシェの品格の高さが根拠づけられたと解釈し、自分自身の理解の仕方が正しかったと判断します。そして、他のワインにムスクを感じることがなくモンラシェにしか感じられないと独自なものでだとしたら、それは、モンラシェの個性を本質的に理解したと考えるのです。このような考えには、モンラッシェの香りを調香師的な観点からとらえることが前提になっています。

ムスクの香りが直接香るわけではありません。あくまでもニュアンスとしてとらえます。

例えば、絵画で、黄色の下地を塗り、青の絵の具をのせていくと、あわい深みのある青色になります。しかし、この絵を見て、直接黄色を感じ取るわけではありません。もしも、絵を描いた経験が無ければ、このような理解は難しいかもしれません。これと同じで、ムスクは、この絵画での黄色に相当します。したがって、調香の体験がないと、モンラッシェにムスクそれ自体を感じ取ることは、少し難しいかもしれません。

調香師は、香りを創る過程に存在し、ソムリエは、作られた香りの結果を解釈する側に存在します。したがって、調香師もソムリエも香りのエレメントを分析する(いくつかの要素に分ける)点では同じですが、分けた香りの要素の解釈の仕方が異なります。調香師は、香りの要素の機能(品格を与える、奥行きを与える、立体感をだす、・・・等など)から他の香りの要素との関係性をとらえますが、ソムリエは、そのような領域の分析と判断は必要ありません。